視線の先には一枚の広告。
そこには、大きな字で花火大会を知らせるものだった。
次いで、カレンダーを見た石川は、小さく微笑を浮かべ―

「…きっと、基寿も喜んでくれる…よな?」













              特別な日。














8月8日。
それは石川の愛する恋人、岩瀬の誕生日。
毎年、石川の誕生日には思い出に残るプレゼントをくれる岩瀬。
そんな岩瀬に今年こそは、自分から何かをあげたい。と強く思っていた。
だから、アノ広告を見たときに思いついた計画を実行する為に、皆に協力してもらった。


…雨が降らなければ大丈夫…だよな。


この計画の一番重要なところは天候だ。そればかりは如何することもできないけれど…。
昨夜見た天気予報では『明日の降水確率0%猛暑となりますのでご注意下さい』と言っていた―
あとは強風さえ吹かなければ大丈夫。
ココまで来ると、己と岩瀬の強運を信じるしかない。


…運だけは強いはず。うん、大丈夫。…


石川は祈る気持ちで、明るくなり始めた空を見上げた。





     ◆ ◆ ◆





【全隊員の気持ち】という事で、今日と明日の午前中までが休みとなった石川と岩瀬は午後から活動を開始した。


「悠さん、今日は何処に行くんですか?」
「秘密。」
「…全く?」
「全く。」
「…何をするのかも?」
「……お前は黙って付いて来い。」
  
何処までも『男前』な発言と行動力を見せる石川に、岩瀬は心底嬉しそうな笑みを浮かべ ―

「はい。何処までも付いて行きます!!」

張り切った岩瀬の言葉に石川は照れた微笑を浮かべたのだった…。





     ◆ ◆ ◆





遅い昼食を馴染みのカフェでとり、誰が車を運転するかで散々揉めたけれど…
石川が運転する事になった車は海の方向へと走っていた。


「悠さん…もしかして…」

目的地の目星をつけた岩瀬は、軽く驚いた表情で運転中の石川の横顔を見つめる。
そんな岩瀬にチラリと視線を投げ…石川は口元に緩いカーブを描く。

「…最終目的地はソコじゃないぞ」
「…最終目的地?」
「あぁ、最初の目的地はあってるけどな」

石川の何かを含めた言葉に、岩瀬は混乱するが…愛する石川が自分のためにと考えてくれたザプライズだ。
ここは大船に乗った気持ちで付いて行こう― そう決めている岩瀬はワクワクとした表情で視線を車の外へと向けた。

「…悠さん…」
「なんだ?」
「凄く、楽しみです」

岩瀬の率直な言葉に石川は微笑んで。

「俺もだよ、基寿」


石川の運転する車は、目的地を目指し左折レーンへと入った―







「着いたぞ」

ゆっくりと駐車した車のエンジンを切り、石川が降りようと声を掛ける。
岩瀬は車を降りると、思い切り背伸びをして…

「悠さん、一つだけお願いが…」
「なんだ?」
「あの…これからは、やっぱり俺に運転させてください。」
「…俺の運転は不満か?」
「違います!そうじゃなくて…」
「…なんだ?」

一瞬だけ言いよどんだ岩瀬は、思い切ったように石川を見て―

「助手席に慣れてないんで…ツライです…」
「………くっ……」
「…悠さん?」
「……あっはっはっは!!!それが理由!?」

予想外の岩瀬の言葉に爆笑する石川へ、岩瀬は笑い事ではない!と言って顔を顰め。

「…お願い…聞いてくれます?」
「ふふっ……いいよ。解った。これからは基寿に運転を任すよ」
「…お願いします」
「…いやぁ…基寿は面白いなぁ…」
「悠さん…」

石川の言葉にガックリとなった岩瀬は…大きな体を小さくしていた…。


そんなやり取りをしながら、石川はマリーナの事務所へと向かう。
石川の後を付いて行きながら岩瀬は周囲を見回す―
港はそれほど大きく無いが、停泊中の船はどれも手入れが行き届いている。
勿論、陸に上がっている小型船舶もだ。
キョロキョロと物珍しそうに見渡す岩瀬の様子を見て、石川は小さく笑った。

どうやら、ココまでの計画は順調のようだ。







「それじゃあ、お借りします」
「はい。必要なものは準備しておきました。それでは、お気をつけて…」
「ありがとうございます」

石川は事務所で手続きをして、一隻の船をレンタルしていた。

「…もしかして…これで?」
「そう。出かけるぞ」
「…………」
「基寿?」
「え…っと……」
「どうかしたか?」
「いえ…余りにも予想外だったもので…チョット驚きと感動を味わってます…」
「ふふ…そこまで驚いてくれると準備した甲斐があったよ」

予想以上の岩瀬の喜びに石川は笑みがこぼれる。
そして―

「多分、もっと驚かせるから…期待していいぞ」

そっと囁いて、石川は岩瀬の手を引いて船へと歩き出した…。






     ◆ ◆ ◆





船に乗り込んで、機材などのチェックをした船はゆっくりと海原へと出航した。
目的地を知っているのは石川だけ。だから、船も石川が操縦していた。
風もなく順調に波を切る船は、正しく順風満帆。

「悠さん…そろそろ最終目的地を教えてくれてもいいんでは?」
「まだダメ。」
「…悠さぁぁん…」

駄々っ子のような岩瀬に苦笑して。

「もう直ぐ着くから、待ってろって」

その言葉通り、30分もしないうちに船は目的地へと到着したらしく…
石川はエンジンを切り流されないようにと碇を下ろす。

「着いたぞ」
「…ココ…ですか?」
「そう。」

位置的には、先ほど出てきたマリーナと自分たちの職場とのほぼ真ん中…になるだろう海の上。
右手には、今、正に沈もうとしている太陽。
左手には、先ほどのマリーナよりも大きめの港。
石川の目的が全く解らない岩瀬は首を傾げるばかりだ…
チラリと時計を確認した石川は―

「まだ時間が有るな。中に飲み物と軽い食事を用意してくれてるから、それでも食べようか?」

二人きりで乗るには少々大きな船には、小さなソファとテーブル、そして冷蔵庫までついていた。
石川は、その冷蔵庫から飲み物と食べ物を出し―

「本当はここでワインとかが好かったんだけど…まだ、帰りがあるからな、これで我慢してくれ」

そう言って岩瀬へとジュースの入ったグラスを渡す。そして…

「誕生日おめでとう、基寿」
「ありがとうございます」

穏やかな波の上で、二人はゆっくりとした時間を過ごした―







「…そろそろかな?」
「悠さん?」
「外へでよう、基寿」

まったりとした時間を過ごしているうちに、すっかり暗くなった空は満点の星を湛え始めている。
そして、もう一度、時計を確認した石川が岩瀬の名を呼び―

「基寿!始まるぞ!!」






   ドォォン






大音量と共に空に咲く華。
暗闇に、絶え間なく咲き誇る花々に岩瀬は眼を奪われる…



「驚いたか?」
「はい…。悠さん…これが?」
「そう。もう一つのプレゼント。天気も良くて…本当に良かった…」
「凄い…」
「ホントにな…。夜空いっぱいの花火なんて…なかなか見れないだろう?」
「えぇ、本当に…。」
「…気に入った?」
「勿論です…あの…」
「?」
「このために、わざわざココまで?」
「そう。去年、基寿が議事堂で花火を見せてくれただろう?」
「えぇ…」
「あれを見て、本当に感動したんだ…だから、今年はお返し」
「悠さん…」
「どうせだから、今年は視界イッパイの花火がいいかな…って思って。それに…」
「それに?」
「ココだと二人きりだから…」

そう言って、石川がゆっくりと岩瀬へと手を伸ばす。そして―
降ってきたのは小さなキス。
それと愛しい恋人の極上の笑顔。

「こんな事も出来るだろう?」
「悠さん…」
「来年も再来年も。また、見に来ような」
「はい」


ゆっくりと寄り添ってくる石川の体温を腕の中へと閉じ込め、岩瀬は空に咲く華を見上げた―








来年も。
再来年も。
これからずっと、この人と二人一緒にいられますように ― そう願いをこめて。













2008.08.09 UP










岩瀬さん。お誕生日おめでとう御座いました!!